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相模原の障害者施設殺傷事件裁判の行方は

今週、相模原の障害者施設殺傷事件の裁判が結審する予定だそうです。報道などによると、被告の計画性と残忍性がクローズアップされていますが、元々は事件前に措置入院される状態にあった被告の責任能力が争点です。

措置入院を解除する基準や解除した後のケアに関して、国会などで議論されてきましたが、充分な審議時間がとれないまま、措置入院制度は今でも何も変わってないらしいです。

事件当時に私がフェイスブックに投稿した文章を、以下に転記します。犠牲になった方々にも、極刑になるかもしれない被告にも、このような悲劇が繰り返されないよう、何の救いも与えようとしない国会議員に、激しくいらだちます。

(以下、2016年8月8日ウェブサービスルネンFacebookより)

相模原市の殺人傷害事件で容疑者と園長とが口を揃えて「ヒトラーの思想」と呼ぶ優生思想が、20年前まで優生保護法という法律で生き続けていたようです。なんだかヒトラーは関係なさそうですね。


ナチスドイツによる障害者に対する安楽死計画は、ドイツのポーランド侵攻直後から2年間実施されたそうです。ユダヤ人に対する虐殺がナチスドイツの崩壊まで延々と続いたことを考えると、障害者への迫害はナチスドイツの思想ではなく、一時的な政策と考えたほうが良さそうです。思想であれば簡単には中止しないと思うからです。


これに対して日本の法律である優生保護法は、第2次世界大戦終結後の1948年に施行され、1996年の法改正により母体保護法と改名されるまで、優生思想に基づく断種の実施が含まれていたらしいです。つまりこの国は障害者を誕生させない社会を
(つい最近まで)肯定していたのです。


障害者施設の園長をするような方であれば、ほんの20年前までこのような法律がこの国に存在していた事実をご存知でしょうし、この法律の根幹をなす優生思想が19世紀後半に欧米諸国で広がりを見せた優生学に基づくとされる歴史も良くご存知であると考えます。


それにもかかわらず、相模原市の障害者施設の園長が「ヒトラーの思想」と呼んで容疑者を叱責し、その「ヒトラーの思想」に感銘した当時の従業員である容疑者が、極端な考えに凝り固まって衆議院議長に手紙を渡すまで思い詰めたのだとしたら、精神上劣悪な職場環境による労働災害に値するもの、と言えるのではないでしょうか。


この殺人障害事件では容疑者に対する「措置入院」の実態も驚きでした。特別な病室は「入院」とは名ばかりの軟禁部屋であるだけでなく、ベッドに身体拘束できるベルトまで常備されています。おそらく留置場や刑務所ですら、これほどまで厳重に監禁しないと思えるほどです。しかもこの「入院」と名づけられた監禁は、医者と行政の長の判断だけで実施されるのです。監禁は人権に制限を加える行為です。なぜ、司法の許可無く実施できないようにしないのでしょうか。


相模原市の殺人傷害事件は、高齢者介護にも一部通じる問題を含んでいると考えます。総理大臣がいち早く真相の解明を指示したのも頷けます。社会の基本的なあり方が問われているように感じます。

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