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人工知能(AI)に仕事を奪われるのか

人工知能のアナウンサーが、中国で発表されたそうです。24時間休まずにニュースを読み続けることが可能なのだそうです。これが普及すれば、アナウンサーの仕事は確実に、人工知能に奪われそうですね。

 

2020年には、人工知能で自動運転する自動車が発売される可能性が、高いそうです。これが実現すれば、バスやタクシー、トラックなどのドライバーの仕事は、どんどん人工知能に奪われてしまうかもしれません。

 

将棋やチェスも、人工知能はかなりの実力を持っているようですので、このほかにも、人工知能が活躍できる仕事はたくさんありそうです。私たちは、これからどうすれば良いのでしょうか。

 

これまでは、鋤や鍬などの農業用具が発達すれば、農業生産量が飛躍的に向上したり、船や鉄道などの交通手段が整備されれば、物資の流れが増大するようになり、人々の暮らしは、そのたびに豊かになっていきました。

 

人工知能が普及したからといって、生産量の向上や物資の流れの増加に直結するとは限らないようです。人工知能によって、世界中の経済の規模が、現在より大きくなることは、あまり期待できないように思われます。なぜなら、商品やサービスを必要とする人間の数が変わらないからです。

 

しかしながら、仕事を奪われた私たちには、確実に、時間の余裕が生まれることは間違いありません。仕事が無くなるのですから、通勤時間も必要ないし、残業する必要もありません。でも、たとえ時間の余裕ができたとしても、収入が無くなることが、私たちには一番の心配です。

 

小学校への入学と同時に、国から人工知能をひとつプレゼントされるというのは、どうでしょうか。自らが勉強するのと同時期に、自分で人工知能を育てるのです。たとえて言うなら、小学校入学と同時にドラえもんがやってきて、一緒に勉強するのです。

 

高校や大学を卒業したら、人工知能と共に仕事に就きます。人工知能は24時間休みなしで働き続けますので、人工知能が働いた稼ぎは、その人のベーシックインカムになります。事故や病気によって、本人が働けなくなっても、人工知能の稼ぎは保障されるのです。

 

ベーシックインカムだけで生活したい人は、時間の余裕を満喫することが可能です。仕事で出世や名声を勝ち取りたい人は、人工知能とともに仕事に時間を費やせば良いでしょう。それぞれの人の生き方は、バラエティあふれたものとなるに違いありません。

 

人工知能に仕事をさせる未来。なかなか、楽しみなことが多い世の中になりそうだとは思いませんか。

 

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インターネット(ウェブ)への想い

 

はじめまして、ウェブ屋ルネンです。

 

私、ウェブ屋ルネンは想います。

 

はるか1万年以上も昔、私たち人類は壁画を描き、自ら勝ち獲ったものや怖れ敬うもの、あるいは自らの生活を記録し、仲間や子孫に伝えようとしました。

 

壁画は、やがて粘土板や木簡などに刻む文字に変化し、パピルスや紙の発明を経て、より遠くの仲間に、よりたくさんの記録を伝えるメディアへと発展しました。

 

600年ほど前に活版印刷が発明されると、メディアは、自らの記録を、さらに多くの仲間に素早く伝えるのと同時に、大量の複製を後世に遺すものへと、大きく飛躍を遂げました。

 

わずか30年ほど前、私たち人類は、さらに新しいメディアを手に入れました。

 

はじめは、遠く離れたコンピューターに、研究者たちが記録している文字や図表を伝えるだけのものでした。

 

しかし今では、スマホやタブレットPCさえあれば、文字や図表に限ることなく、動画・音楽・画像など視覚と聴覚に直接働きかける記録を、誰もが、世界中のどこにでも、ほぼ瞬時に伝えることができるまでに進化しています。

 

その新しいメディアこそ、あなたが今ご覧になっている「Webページ」です。
「ネット」や「IT」、「インターネット」と呼ぶ場合もあります。

 

Webページを通して、今や私たちは、世界中のいろんな都市を散歩したり、世界のどこで何が起きているかを生中継で見たり、自分の知らないことを調べたり、友人とメッセージをやりとりしたり、顔を見合わせながらおしゃべりしたりできるようになっているのです。

 

1万年の時を越え、人類が手に入れた、永遠に色あせることのないデジタル壁画、それがWebページであると、私、ウェブ屋ルネンは考えます。
地球が再び氷河に覆われてしまったとしても、私たち人類は、もう二度と、うす暗い洞穴の隅っこで、心細い思いをしながら、壁画を描かなくても良いのです。

 

今度の壁画は、わずかな電力さえあれば、いつでも好きな時に、離れた場所にいる仲間と、瞬時にありのままを、伝え合うことができるのですから。

 

「Webページ」という、このすばらしいメディアを、正しく育て、次の世代に伝えていく努力が必要であると、私は考え、このブログをスタートさせます。