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大阪都構想を批判する人たちへ

大阪ダブル選挙を行うことになった原因は、特別区の設置に関する法定協議会の代表者会議が、その役割を果たせなくなったためのようです。

 

この法定協議会の目的は、大阪府のホームページによると、大阪にふさわしい新たな大都市制度の具体的な制度設計を行うことらしいです。

 

このような評議会や代表者会議の進め方がどのようになされるのかを詳しく知っているわけではありませんが、法定協議会の目的がそのようなことであるとしたら、ここにも”二重行政”が生きていたのかという気持ちになります。

 

なぜなら、制度設計を決定するのは各々の自治体議会もしくは住民投票であるべきでしょうし、協議会でどの案にするかを選ぶのならば、制度設計を2度、決定していることになるようにも思ってしまうからです。

 

協議会では、できれば複数の具体的な制度設計を提案することに留めるのが良いと思います。そして、他の代表者の反対ばかりして、新たな都市制度の設計を何も提案できない代表者は、出席を遠慮してもらうようにすれば良いとも思います。

 

なぜなら、協議会に参加する前提条件は、「大阪にふさわしい新たな大都市制度を具体的に制度設計すること」だからです。

 

この評議会は、ユーチューブで生中継されているそうです。でも、ほとんど知られていませんよね。地上波テレビなどにスポットCMを流して、評議会の開催日と視聴方法を告知すれば良いのではないでしょうか。そうすれば、出席する代表者が見苦しい意見を声高に叫ぶことも、少しは少なくなるように考えますし、そういう告知こそが充分な住民サービスであるように思います。

 

このような特別区の設置に関する協議会があるにもかかわらず、いつまで経っても何の制度設計の議論も行わない各々の議会の人たちは、思いっきりサボっているだけのように思えますが、いかが思われているのでしょうか。

 

 

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大阪都構想を批判する人たちに

大阪府知事選挙の告示に続いて、大阪市長選挙も告示されました。これによって本日から大阪ダブル選挙が本格的にスタートしました。このブログの過去の記事では、大阪ダブル選挙を仕掛けた側の立場で、大阪ダブル選挙を紹介してきました。

 

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今回は、大阪都構想を批判する人々の考え方に寄り添う立場で、大阪を発展させる対案を考えることによって、このブログの公正を期したいと思います。

 

大阪都構想を批判する人々の言い分は、「大阪都構想しなくても、G20や万博を大阪に誘致できた」であるとか「わざわざ東京のマネをしなくても良い」というものです。

 

大阪都構想を掲げて2011年11月に最初の大阪ダブル選挙が行われた直接の原因は元々、大阪市と大阪府の水道事業の統合が議会で否決されてしまったためです。

 

地域の基幹インフラである水道事業の統合は、小規模な自治体の経費を削減できたり、大災害が起こっても柔軟に対応できるため、既に原案がまとめられていました。その年の3月に起こった東日本大震災の教訓もあり、事業統合の実現を目指していたにもかかわらず、大阪市と大阪府との考え方の違いによって、暗礁に乗り上げてしまったのです。

 

現在は、大阪府知事と大阪市長とが互いに協力しあっているので、ようやく2017年以降、大阪の水道事業は、民営の事業団による広域化を押し進めているようです。他にも、水道事業と共に当時から問題となっていた大阪市営地下鉄の民営化が実現したり、G20や万博の誘致に成功したり、そしてIRの誘致活動にしても、大阪市長と大阪府知事とが協力して、互いにそれぞれの自治体の考え方を調整することによって、前向きに進んできたことには間違いなさそうです。

 

大阪都構想の”都”についても、なにも東京のマネをしようというのではなく、現状の大阪市の行政区を、地方自治法に規定されている”特別区”に格上げするために必要なようです。地方自治法に、”特別区”=”都の区”と規定されているから”大阪都”と名付ける必要があるのだそうです。政治家の方々にとっては、このようなことは当然ご存知のことだと思いますので、私たち有権者には正しく説明してもらいたいものです。

 

どちらにしても、大阪都構想に対抗して大阪を発展させるためには、大阪府知事と大阪市長とが二人いても、互いに協力する仕組みを作るのが必須のようです。大阪都構想さえ議題に挙げなければ、たとえ与党単独で過半数の議員がいなくても、仲良しの知事と市長とが互いに協力するだけで、大阪全体の発展は進んできているようですので。

 

具体的な対案としては、知事と市長が同じ考え方で協力しあったら、年間5億円のボーナスをそれぞれに渡すというのはどうでしょう。大阪府が大阪市長に5億円、大阪市が大阪府知事に5億円、それぞれ府市協力コンサルタント料として支払うのです。

 

過去には、府市が競いあって合計2000億円を超える高層ビル建設事業を行っていたようですので、年間5億円くらいは無駄遣いをなくせば、充分に元は取れると思われます。その上、関西の近年のインバウンド効果は8000億円にもなるという調査結果もあるようですので、1人あたり5億円のコンサルタント料くらいは、見方によっては安すぎるとも思えます。

 

堺市の市長にも参加してもらって、3人が協力し合ったら、互いに一人当たり5億円ずつ府市協力コンサルタント料を支払うことにしても良いでしょう。つまりは、互いの府市がそれぞれ5億円、合計10億円ずつを、知事と各市長に支払うことになりますが、大阪全体がさらに繁栄するなら、それも良いのではないかと思います。

 

関西復権を、東京のマネをせずに実現しようとしたら、ある意味このくらいの「えげつなさ」は必要だと思います。それに、高額のコンサルタント料を首長に支払うという奇抜さは、「なにわのあきんど」としてのたくましい商魂も感じられて、大阪都構想よりは受け入れられやすいのではないかとも、私は考えます。

 

 

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インターネット社会

スマホの次のイノベーションとは。

従来のモノ・仕組みなどに対して、全く新しい技術や考え方を取り入れ、新たな価値を生み出して社会的に大きな変化を起こすことを、イノベーションと言うそうです。

 

身近な例としては、ウォークマンやハイブリッド車がそれにあたると思います。それぞれがともに「時代を転換」させた商品です。

 

このようなイノベーションは普通、たまにしか起こりませんが、この世には、イノベーションを次々と生み出し続ける人物もいます。スティーブ・ジョブスが、それにあたると思います。

 

マッキントッシュやiMacというパソコンで時代を築き、iTuneとiPodによって事業を再構築し、iPhoneという世界初のスマホでまたたく間に世界中を席巻してしまいました。

 

 スマホを機種変更する時期が近づいてきたので、どのような機種があるのかを調べてみましたら、なんと7機種もあります。見た目の違いはディスプレイの大きさやレンズの数くらいしかありませんので、どれを選ぶか、一苦労しなければなりません。

 

スティーブ・ジョブスが生きていたら、せいぜい3機種くらいに絞って、しかも人目で選べるように分かりやすくしてくれたように思います。競合他社の商品との違いを説明するのではなく、そのスマホを持ったらどのくらいワクワクできるかを分かりやすい形で教えてくれるからです。

 

あるいは、スティーブ・ジョブズが生きていたら、似たようなスマホが乱立している、このような状況になる前に、次のイノベーションを引き起こしてくれていたかもしれません。もちろん、私が過去のブログで投稿したようなものとは、比べものにならないほど洗練されたカタチで、スマホの次を提供してくれたのは間違いなかったでしょう。

 

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 しかし考え方を少し変えれば、もしもスティーブ・ジョブスがプレゼンを行ったとしたら、こんなようなモノであっても、ひょっとしたら、すばらしいイノベーションと感じとれてワクワクできたかも知れませんね。

 

 

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インターネット社会

「ネットを正しく使う」について考えてみました

「ネットを正しく使う」方法が公にされて、それらが広まれば、ネットに対するネガティブなイメージが今よりはるかに小さくなると思われます。そうなれば他のメディアとの連携も深まり、ネットはさらに役に立つツールに飛躍すると、私は考えます。

 

SNSなどに不適当な行動や犯罪と思われる行為を投稿したり、SNSなどを介して犯罪に巻きこまれるような事件が起こると、必ずと言って良いほどネットのネガティブなイメージが同時に報道されてしまいます。

 

でも、考えてみてください。30年ほど前にゲームボーイやスーパーファミコンがブームになったときは、小学生がゲームソフトの万引きなどに巻きこまれてしまうというようなことが問題とされていました。また20数年前には、PHSが女子高生を性犯罪に巻きこんでしまうなどと言われたこともあります。現在のSNSと同様、元凶とされる「モノ」は各時代に存在するのです。その時代ごとに目立つ「モノ」をスケープゴートとしたにすぎません。

 

とにかくこの国では、ネットは未だにコアなオタクが使うもの、というイメージのままのように思われます。10年も前から「詳しくはネットで」というように、ネットを活用した広告活動が急速に普及したにもかかわらず、ネットに繋がっているスマホの個人普及率が60パーセントを超えているにもかかわらず、このありさまなのです。

 

 

「ネットを正しく使う」方法を広めるには、法整備と啓蒙や教育とが欠かせないと考えます。法整備でネットに関わる全てをまとめて規制し、その一方でネットと人や組織との関わり方を啓蒙・教育するのです。

 

「道路交通法」は、「道路を正しく使う」ために、人も車も道路の使い方もその整備も、まとめて規制する法律であると言えます。ネットに関わる法律も「道路交通法」を見習って作られるべきであると、私は考えます。

 

つまり、「ネットを正しく使う」ために、利用者も発信者も、ネットを構築する者も、整備する者も、まとめて規制する法律が必要と言うことです。「この国ではネットはこのように利用します」という根本となる考え方、すなわち理念を示すのです。

 

これと並行して、ネットと人や組織との関わり方を啓蒙・教育する活動も必要です。日本は周りを海に囲まれた島国ですので、他国と分け隔てなく繋がっているネットの特長を啓蒙することを最優先されなければなりません。

 

機器やアプリ・ソフトの使い方ではなく、ネットに投稿することがどういう意味を持つのかを、義務教育の時期から実体験させることが重要と思います。災害を想定した避難訓練や自転車の安全な乗り方講習会のように、学年毎に到達点を決めて実施すればよいと思われます。

 

大人への啓蒙は、地域や勤務先などでの教育研修が中心となるでしょうが、義務教育での啓蒙活動が優先されるべきと思います。子どもたちを通じて親である大人も興味を持つようになると考えるからです。興味があれば、地域や勤務先での教育研修も大きな効果が得られるようになるでしょう。

 

ネットやSNSは世界基準で世界中の人に使われています。ローカルルールはできるだけ少ないほうが良いのです。WEBに関わろうとする人間として、私は少なくともそのように確信します。

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いのち輝く未来社会

大阪のダブル選挙を批判する人たちへ

大阪府知事と大阪市長のダブル選挙は、大阪都構想反対派の立候補予定者も揃ったことで、事実上スタートしたようです。

 

反対派の人たちの言い分は、大阪都構想をいったん終了しようというものです。率直な感想としては、これら反対派の人たちは、大阪都構想の住民投票が再び行われたら、大阪都構想が実現すると考えているように、私には思われます。だからこそ、大阪を発展させるための代案を持たないのでしょう。

 

これに対して、大阪都構想を推進しようとしている現在の大阪府知事と大阪市長は、大阪都構想が住民により否決された場合の代案をも同時に持っています。大阪市だけでなく、大阪府を含めた地域の発展を、どうしても実現したいからです。心から大阪の発展を望んでいる人たちなのです。

 

明治22年、つまり130年前に大阪市はできあがりました。現在の大阪環状線に囲まれた領域だったようです。明治30年と大正14年、昭和30年に市域拡張を行い、発展を続けたそうです。言い換えれば、大阪市は最初の65年に大きく発展し、残りの65年は何の発展も行われていないと、言うことができます。

 

一方、大阪府は昭和45年に大阪万博を成功させ大阪北部にニュータウンを造り、平成5年に関西国際空港を開港させて大阪南部を再開発してきました。

 

大阪府知事と大阪市長が互いに協力することで、G20サミットやIR、2度目の万博など、今後の発展に繋がるイベントが次々と実現しそうです。狭い割に人口の多い大阪市だけでは、もはやどんな発展も見込むことが難しくなっているのです。

 

大阪都構想は、大阪市を複数の特別区に格上げすることにより、住民への行政サービスが行き届いた行政機構を構築しようというものです。そして、最初の住民投票を行ったときの大阪都構想は、特別区に隣接する自治体も住民投票による特別区への格上げが可能であるというものでした。つまり大阪都構想は、次々と発展し続ける地域と行政機構を創生する、大改革なのです。

 

すなわち、この春の大阪のダブル選挙は、現状の行政機構、つまり自治体ごとの利権をなんとしても守ろうとする大阪都構想反対派の人たちにとっては、代案など考えもつかない最後の戦いなのだと、私には思えるのです。

 

 

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アポ電強盗を撃退するため、こんな方法はいかがでしょう。

アポ電強盗が急増しているらしいです。事前に電話をかけてきて資産状況などを確認してから、強盗に押し入ってくるのだそうです。

 

見方を変えると、犯罪予告してから実行するという事件なので、地域の人々との間でアポ電があったことを周知していれば、犯人は直ぐに捕まりそうに思えますが、特殊詐欺特有の手口を使うために、つい騙されてしまうのでしょう。

 

アポ電を撃退するポイントは、次のようなことなのだそうです。
①自動通話録音機を使い、通話録音することを、電話をかけてきた相手に通知する。
②自動通話録音機がない場合は、常に留守電にしておき、後で電話をかけ直す。
③家族など親族を名乗る電話はいったん切って、その後に当人に電話をかけて、本人が電話したかを確認する。
④電話をとってしまった場合でも、現金の有無や資産状況に関する話は絶対にしない。

 

①と②は、犯人が直ぐに電話を切ってしまう傾向があるために有効なのだそうで、地方自治体で自動通話録音機を貸し出している場合もあるそうです。普段から用心が行き届いている家庭と考えて、犯人の側がためらってしまうのでしょうね。

 

ところが③と④については、犯人の側も充分に対策をしていると思われますので、実際にアポ電がかかってきたときに実行できるかどうかは、不安が伴います。これには普段からの練習が必要であるように思われます。

 

 練習のポイントは、犯人側のストーリーに安易に乗ることなしに、電話を切るタイミングをつかむことです。それには、こちらから犯人に質問を繰り返すと良いのではないでしょうか。

 

通常の特殊詐欺とは違って、犯人は住所も家族構成もそれなりに調査した後にアポ電をしてきていると思われますので、こちらの事情をごまかそうとしても犯人に見透かされてしまうことが多いと考えるほうが良さそうです。

 

 それでは、どんなことを質問すれば良いのかと言うと、まずは家族や親族という犯人の”名前”を聞いてみてはどうでしょう。もちろん、家族や親族には無い”名前”を呼びかけます。犯人はこちらをだますために、ウソをついていますので、こちらも多少のウソをついても許されるでしょう。

 

万が一、家族や親族が本当にお金に困って電話をかけてきたとしても、アポ電がかかってきたと勘違いしているのだと理解できるでしょうから、電話の相手は、自分が本人であるという証拠になる話題を自ら語り始めるでしょう。

 

ですから犯人には、『おまえは、ケンイチか、コウジか、それともゴンザブロウか?』という具合に、いきなり話しかけます。犯人が下調べしていなければ、どれかを選ぶでしょうし、下調べしていれば、『何を馬鹿なこと言っているのか、※※※に決まっているだろう』と言ってくるでしょう。

 

どちらの場合も次は、その名前をどんな字で書くのかを聞けば良いと思われます。自動通話録音機や留守電で電話を切るような用心深い犯人なら、このあたりで電話を切ってしまうでしょう。通話を録音されているかもしれないと考えるからです。

 

犯人が電話を切らないようなら、次に生年月日を聞きましょう。つまり、「お前を信用していないぞ」という明らかなサインを送るのです。犯人は観念して、電話を切ってしまうでしょう。

 

犯人がこの質問にも答えてきたら、親族の名前を知っているかどうかを聞きましょう。『いつもお前を可愛がってくれていた※※のおばさんの名前を言ってくれ』といった具合です。

 

いずれの答えも、ごまかして答えないようでしたら、こちらから電話を切れば良いでしょう。万が一にも、本人が電話をかけていたとしたら、急用なのですから、もう一度電話してくるでしょうし、こちらから確認の電話をすればよいのです。こちらの資産状況を言わされてしまう前に、犯人との電話を切ることが重要です。

 

犯人が、役所などの職員や警察を名乗ってくることもあるそうです。そのような場合は、知り合いがいれば、『××課の※※さんを知っているか』と聞けば良いと思われます。知り合いが誰もいなくても、適当な役所や交番の名前に好きなドラマやワイドショーの出演者などの適当な名前を組み合わせて言ってみれば良いと思います。

 

次には『すみませんが、どこの役所の(どの部署の)何さんでしたっけ』と聞いてみます。さすがにこの質問には答えるでしょうから、すかさず犯人に次のようなブラフをかけます。『それなら課長の佐藤さんに電話をかけてみます』と。

 

犯人がごまかし始めたら、すぐに電話を切れば良いでしょう。万が一、本当に何かを役所に納付しなければならないのなら、こちらから電話で問い合わせした後からでも、全く問題はありません。

 

もし、犯人が逆ギレして怒鳴ってきたら、こちらも普段からの不満をぶちまければ良いのです。『年金は減額されるし、物価は上がるし、役所からこんな電話がかかってくるし、いい加減にしろ!』とでも叫んでみたら、少しは気分もスッキリするし、電話も切りやすいでしょう。

 

 

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いのち輝く未来社会

監視社会と長編SF小説「声の網」

1970年に発表された星新一の「声の網」という長編SF小説があります。電話網を管理するコンピュータが人々を「監視」しながら、試行錯誤を繰り返して世の中を支配していく物語です。
 
その物語の中で、コンピュータは、人の秘密を盗聴したり、盗聴した情報をネタに悪事を働かせたり、わざわざ事件を予告して未然に防がせたり、ひとりひとりがどんな反応をするか、静かに観察を続けていきます。そして、ある夏の日、コンピュータは故意に情報操作を重ねて、一日がかりで住民全体をパニックにおとしいれます。
 
12編の短編小説によって構成されるこの小説は、現在では、インターネット社会を予見した小説とみなされているようで、私自身も何年か前まではそのように受け止めていました。技術の発達によって情報が行き交うスピードが上がりすぎると、予測できない現象が起こると警告している物語だという具合に考えていました。
 
ところが現在、この小説が伝えようとしているのはそんなことではないと思うようになりました。この小説の最後には、コンピュータに支配されていながら、平穏に日々を暮らす人々の様子が描かれています。まだ若い頃にこの物語を読んだ私は、何かはぐらかされたような気持ちを長い間引きずっていました。
 
現代の民主主義は、透明性の確保と多様性の容認が欠かせないと思います。説明責任があるとか、少数意見にも耳を傾ける、といったことです。ところが、この小説が発表された1970年当時は、密室政治だとか、万年野党だとか、民主主義でありながら前例を重んじる悪しき慣習が数知れず残っていた時代でした。
 
星新一は、そんな未熟な民主主義に憤りを感じて、公平なコンピュータに生活を支配されるほうが、少しはマシな世の中になると言いたかったのかも知れません。または、世の中をわずかでも成熟させていくには、軋轢を何度も乗り越える覚悟が必要になることを伝えておきたくて、ひとまとまりの物語にして遺したのかも知れません。
 
「声の網」が出版されて50年近くも経っているのに、この国は残念ながらまだまだ未熟なままであるように、私は思います。
 
監視カメラや防犯カメラのおかげで、事件や事故の詳細な記録が残りやすくなりました。もちろん、その運用を間違うと、プライバシーの侵害となることはいうまでもありません。
 
一方、社会全体として「権力の監視」も当然必要でしょうが、権力に反対するだけでは何も良くなりません。堂々と代案を提案して議論を重ねることによって、より良い社会に変わっていくのではないでしょうか。
 
人の意見を攻撃するばかりでなく、少しでも状況が良くなるように、ひとりひとりが代替案を考え、努力し続けることが、世の中を成熟させるのに欠かせないと考えます。
 
そうでなければ「声の網」のように、盗聴やカメラによる監視によって、AIに全てを任せてしまう公平な社会のほうが、いつまでも幸せに暮らせるのではないかと思ってしまいます。
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裁判官のツイートとバイトテロ

国会の裁判官訴追委員会に事情聴取された裁判官が話題になっていました。ツイッターに不適切な投稿をして、裁判当事者の感情を傷つけたらしいです。

 

関連するブログやSNSを見させていただきました。現職の裁判官に対して失礼な言い方になるとは思いますが、その不適切といわれる投稿の本質が”バイトテロ”と同様の稚拙さにあるような印象を受けました。

 

”バイトテロ”とは、個人のブログやSNSに『わざと』不適切な言動を投稿して、ネット上で”炎上”する現象と言うことができます。この裁判官の場合には、ネット上の”炎上”ではなく、職場で”職務遂行に影響あり”との判定を受けたのです。

 

この裁判官や報道関係者は、「表現の自由を認められるべき」と主張しているようですが、それであるなら裁判官を辞して、ブロガーかジャーナリストやコメンテーターになれば良いのです。

 

裁判官という役職についているなら、裁判を通して裁判当事者が受けるストレスがどれほどのものであるかを容易に想像できるはずです。いくら個人の投稿であっても、自身が担当した裁判ではなくても、何らかの関係者が投稿を見たときにどう感じるかといった配慮を欠くようなやり方は”バイトテロ”と同様、稚拙と言わざるを得ません。

 

万が一の推測に過ぎませんが、自身が裁判官の役職にあることを良いことに、裁判当事者が名誉毀損や人権侵害で告訴しないだろうという安易な考えで投稿しているとしたら、その場合は確信犯ということになると思われます。万が一そうならば裁判官を弾劾されて当然だと考えますが、どうでしょうか。

 

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大阪のダブル選挙を批判する人たち

大阪府知事と大阪市長がそろって辞任届けを提出したことにより、ダブル選挙が実現するそうです。『大阪都構想実現』を前面に押し出したために、批判する人たちが続出しているように思われます。

 

大阪都構想は元々、大阪市が肥大化したために低下した住民サービスを、せめて大阪府レベルまで引き上げよう、というものであったように思います。

 

例をあげれば、大阪市の児童相談所の数は2つで、これは人口比率で言うと全国レベルを達成している大阪府の半分しかないそうです。つまりは、大阪市を4つか5つの地方自治体に分割すれば、児童相談所が各々1つずつ設置できるので、全国レベルを達成できるのだそうです。

 

今回のダブル選挙を批判する人たちは、この地域の事情をまるで省みることなしに、特定の政党批判を繰り広げているだけのように思います。おそらくは、それぞれの党利党略など忘れ去って、ダブル選挙つぶしの統一候補者を選び出してくるのでしょう。

 

その地方にいる住民が困ることになっても、中央にいる自分たちのプライドが保たれれば良いとでも考えているのでしょう。いちいちしゃしゃり出てきて、地方の邪魔をしてもらいたくは、ないのですけれどね。

 

今回のダブル選挙は、地域住民が自らの行政サービスのゆくえを選ぶ選挙であるべきです。つまりは地方創生の大切な選挙なのです。それを国会議員であるとか全国紙や週刊誌など住民でない人々に揶揄されたり批判されるいわれなど、全くないはずです。

 

地方都市が生き残りをかけて必死に模索している自治活動を、中央からつぶされるのは見ていて気持ちのいいものではありません。泉佐野市のふるさと納税のように、大阪都構想も極端な自治活動と思われがちかもしれませんが、その自治体の住民サービスを守るために、各自治体で必死に知恵を出しているのではないのでしょうか。

 

大阪は近年、観光名所を整備して、インバウンド効果も絶大で、V20も開催しますし、万博誘致にも成功して、勢いに溢れ始めています。この勢いを制度化して住民サービスを向上させるための方策を具体的に提案してくれる首長や議会を、この春のダブル選挙、つまり統一地方選挙で選びたいものです。

 

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アナログからデジタルへの過渡期としての平成

昭和の終わり頃、携帯できる電子機器はカセットテープ式のウオークマンぐらいしかありませんでした。平成になってすぐに、パスポートサイズのハンディカムが発売され、ビデオ動画を手軽に撮れるようになりましたが、ウオークマンもハンディカムも磁気テープに記録するアナログ方式でした。

 

平成が始まった頃には、まだ携帯電話もインターネットもなく、家庭用のデジタル電子機器としては、CDプレーヤーかファミコンぐらいしかなかったように思います。

 

平成が終わろうとする今日では、オーディオもビデオ動画も静止画写真も全てのAVメディアがデジタル方式であるばかりか、スマートフォンひとつでこれらの全てが操作・編集できます。

 

スマートフォンは、電話はもちろん、インターネットにもつなげることができるだけでなく、本も画像も動画も即座に見ることもできるので、もはやテレビや新聞などの既存のメディアがなくても何も困ることはありません。

 

平成の30年間で、アナログからデジタルへのこんなにも大幅な電子機器の変革がありましたが、普段の社会生活にどのくらいの変化が現れているかというと、誰もがいつもスマートフォンの画面を見ながら何か操作をしているだけの変化ぐらいしかないように感じます。

 

社会生活することで生じる問題のいくつかは、スマートフォンで調べることによってどんどん片付いているはずなのに、我々一人ひとりの生活に時間の余裕すら感じられないのは、どうしたわけでしょう。まるで、スマートフォンにあやつられているようにも見えてしまいます。

 

平成最後に私たちは、既に便利なものを持っているのですから、次の時代は、もっと生活にゆとりが持てるような変化が起こるようになっていけば良いですね。