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大阪都構想を批判する人たちに

大阪府知事選挙の告示に続いて、大阪市長選挙も告示されました。これによって本日から大阪ダブル選挙が本格的にスタートしました。このブログの過去の記事では、大阪ダブル選挙を仕掛けた側の立場で、大阪ダブル選挙を紹介してきました。

 

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今回は、大阪都構想を批判する人々の考え方に寄り添う立場で、大阪を発展させる対案を考えることによって、このブログの公正を期したいと思います。

 

大阪都構想を批判する人々の言い分は、「大阪都構想しなくても、G20や万博を大阪に誘致できた」であるとか「わざわざ東京のマネをしなくても良い」というものです。

 

大阪都構想を掲げて2011年11月に最初の大阪ダブル選挙が行われた直接の原因は元々、大阪市と大阪府の水道事業の統合が議会で否決されてしまったためです。

 

地域の基幹インフラである水道事業の統合は、小規模な自治体の経費を削減できたり、大災害が起こっても柔軟に対応できるため、既に原案がまとめられていました。その年の3月に起こった東日本大震災の教訓もあり、事業統合の実現を目指していたにもかかわらず、大阪市と大阪府との考え方の違いによって、暗礁に乗り上げてしまったのです。

 

現在は、大阪府知事と大阪市長とが互いに協力しあっているので、ようやく2017年以降、大阪の水道事業は、民営の事業団による広域化を押し進めているようです。他にも、水道事業と共に当時から問題となっていた大阪市営地下鉄の民営化が実現したり、G20や万博の誘致に成功したり、そしてIRの誘致活動にしても、大阪市長と大阪府知事とが協力して、互いにそれぞれの自治体の考え方を調整することによって、前向きに進んできたことには間違いなさそうです。

 

大阪都構想の”都”についても、なにも東京のマネをしようというのではなく、現状の大阪市の行政区を、地方自治法に規定されている”特別区”に格上げするために必要なようです。地方自治法に、”特別区”=”都の区”と規定されているから”大阪都”と名付ける必要があるのだそうです。政治家の方々にとっては、このようなことは当然ご存知のことだと思いますので、私たち有権者には正しく説明してもらいたいものです。

 

どちらにしても、大阪都構想に対抗して大阪を発展させるためには、大阪府知事と大阪市長とが二人いても、互いに協力する仕組みを作るのが必須のようです。大阪都構想さえ議題に挙げなければ、たとえ与党単独で過半数の議員がいなくても、仲良しの知事と市長とが互いに協力するだけで、大阪全体の発展は進んできているようですので。

 

具体的な対案としては、知事と市長が同じ考え方で協力しあったら、年間5億円のボーナスをそれぞれに渡すというのはどうでしょう。大阪府が大阪市長に5億円、大阪市が大阪府知事に5億円、それぞれ府市協力コンサルタント料として支払うのです。

 

過去には、府市が競いあって合計2000億円を超える高層ビル建設事業を行っていたようですので、年間5億円くらいは無駄遣いをなくせば、充分に元は取れると思われます。その上、関西の近年のインバウンド効果は8000億円にもなるという調査結果もあるようですので、1人あたり5億円のコンサルタント料くらいは、見方によっては安すぎるとも思えます。

 

堺市の市長にも参加してもらって、3人が協力し合ったら、互いに一人当たり5億円ずつ府市協力コンサルタント料を支払うことにしても良いでしょう。つまりは、互いの府市がそれぞれ5億円、合計10億円ずつを、知事と各市長に支払うことになりますが、大阪全体がさらに繁栄するなら、それも良いのではないかと思います。

 

関西復権を、東京のマネをせずに実現しようとしたら、ある意味このくらいの「えげつなさ」は必要だと思います。それに、高額のコンサルタント料を首長に支払うという奇抜さは、「なにわのあきんど」としてのたくましい商魂も感じられて、大阪都構想よりは受け入れられやすいのではないかとも、私は考えます。

 

 

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大阪のダブル選挙を批判する人たちへ

大阪府知事と大阪市長のダブル選挙は、大阪都構想反対派の立候補予定者も揃ったことで、事実上スタートしたようです。

 

反対派の人たちの言い分は、大阪都構想をいったん終了しようというものです。率直な感想としては、これら反対派の人たちは、大阪都構想の住民投票が再び行われたら、大阪都構想が実現すると考えているように、私には思われます。だからこそ、大阪を発展させるための代案を持たないのでしょう。

 

これに対して、大阪都構想を推進しようとしている現在の大阪府知事と大阪市長は、大阪都構想が住民により否決された場合の代案をも同時に持っています。大阪市だけでなく、大阪府を含めた地域の発展を、どうしても実現したいからです。心から大阪の発展を望んでいる人たちなのです。

 

明治22年、つまり130年前に大阪市はできあがりました。現在の大阪環状線に囲まれた領域だったようです。明治30年と大正14年、昭和30年に市域拡張を行い、発展を続けたそうです。言い換えれば、大阪市は最初の65年に大きく発展し、残りの65年は何の発展も行われていないと、言うことができます。

 

一方、大阪府は昭和45年に大阪万博を成功させ大阪北部にニュータウンを造り、平成5年に関西国際空港を開港させて大阪南部を再開発してきました。

 

大阪府知事と大阪市長が互いに協力することで、G20サミットやIR、2度目の万博など、今後の発展に繋がるイベントが次々と実現しそうです。狭い割に人口の多い大阪市だけでは、もはやどんな発展も見込むことが難しくなっているのです。

 

大阪都構想は、大阪市を複数の特別区に格上げすることにより、住民への行政サービスが行き届いた行政機構を構築しようというものです。そして、最初の住民投票を行ったときの大阪都構想は、特別区に隣接する自治体も住民投票による特別区への格上げが可能であるというものでした。つまり大阪都構想は、次々と発展し続ける地域と行政機構を創生する、大改革なのです。

 

すなわち、この春の大阪のダブル選挙は、現状の行政機構、つまり自治体ごとの利権をなんとしても守ろうとする大阪都構想反対派の人たちにとっては、代案など考えもつかない最後の戦いなのだと、私には思えるのです。

 

 

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監視社会と長編SF小説「声の網」

1970年に発表された星新一の「声の網」という長編SF小説があります。電話網を管理するコンピュータが人々を「監視」しながら、試行錯誤を繰り返して世の中を支配していく物語です。
 
その物語の中で、コンピュータは、人の秘密を盗聴したり、盗聴した情報をネタに悪事を働かせたり、わざわざ事件を予告して未然に防がせたり、ひとりひとりがどんな反応をするか、静かに観察を続けていきます。そして、ある夏の日、コンピュータは故意に情報操作を重ねて、一日がかりで住民全体をパニックにおとしいれます。
 
12編の短編小説によって構成されるこの小説は、現在では、インターネット社会を予見した小説とみなされているようで、私自身も何年か前まではそのように受け止めていました。技術の発達によって情報が行き交うスピードが上がりすぎると、予測できない現象が起こると警告している物語だという具合に考えていました。
 
ところが現在、この小説が伝えようとしているのはそんなことではないと思うようになりました。この小説の最後には、コンピュータに支配されていながら、平穏に日々を暮らす人々の様子が描かれています。まだ若い頃にこの物語を読んだ私は、何かはぐらかされたような気持ちを長い間引きずっていました。
 
現代の民主主義は、透明性の確保と多様性の容認が欠かせないと思います。説明責任があるとか、少数意見にも耳を傾ける、といったことです。ところが、この小説が発表された1970年当時は、密室政治だとか、万年野党だとか、民主主義でありながら前例を重んじる悪しき慣習が数知れず残っていた時代でした。
 
星新一は、そんな未熟な民主主義に憤りを感じて、公平なコンピュータに生活を支配されるほうが、少しはマシな世の中になると言いたかったのかも知れません。または、世の中をわずかでも成熟させていくには、軋轢を何度も乗り越える覚悟が必要になることを伝えておきたくて、ひとまとまりの物語にして遺したのかも知れません。
 
「声の網」が出版されて50年近くも経っているのに、この国は残念ながらまだまだ未熟なままであるように、私は思います。
 
監視カメラや防犯カメラのおかげで、事件や事故の詳細な記録が残りやすくなりました。もちろん、その運用を間違うと、プライバシーの侵害となることはいうまでもありません。
 
一方、社会全体として「権力の監視」も当然必要でしょうが、権力に反対するだけでは何も良くなりません。堂々と代案を提案して議論を重ねることによって、より良い社会に変わっていくのではないでしょうか。
 
人の意見を攻撃するばかりでなく、少しでも状況が良くなるように、ひとりひとりが代替案を考え、努力し続けることが、世の中を成熟させるのに欠かせないと考えます。
 
そうでなければ「声の網」のように、盗聴やカメラによる監視によって、AIに全てを任せてしまう公平な社会のほうが、いつまでも幸せに暮らせるのではないかと思ってしまいます。
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大阪のダブル選挙を批判する人たち

大阪府知事と大阪市長がそろって辞任届けを提出したことにより、ダブル選挙が実現するそうです。『大阪都構想実現』を前面に押し出したために、批判する人たちが続出しているように思われます。

 

大阪都構想は元々、大阪市が肥大化したために低下した住民サービスを、せめて大阪府レベルまで引き上げよう、というものであったように思います。

 

例をあげれば、大阪市の児童相談所の数は2つで、これは人口比率で言うと全国レベルを達成している大阪府の半分しかないそうです。つまりは、大阪市を4つか5つの地方自治体に分割すれば、児童相談所が各々1つずつ設置できるので、全国レベルを達成できるのだそうです。

 

今回のダブル選挙を批判する人たちは、この地域の事情をまるで省みることなしに、特定の政党批判を繰り広げているだけのように思います。おそらくは、それぞれの党利党略など忘れ去って、ダブル選挙つぶしの統一候補者を選び出してくるのでしょう。

 

その地方にいる住民が困ることになっても、中央にいる自分たちのプライドが保たれれば良いとでも考えているのでしょう。いちいちしゃしゃり出てきて、地方の邪魔をしてもらいたくは、ないのですけれどね。

 

今回のダブル選挙は、地域住民が自らの行政サービスのゆくえを選ぶ選挙であるべきです。つまりは地方創生の大切な選挙なのです。それを国会議員であるとか全国紙や週刊誌など住民でない人々に揶揄されたり批判されるいわれなど、全くないはずです。

 

地方都市が生き残りをかけて必死に模索している自治活動を、中央からつぶされるのは見ていて気持ちのいいものではありません。泉佐野市のふるさと納税のように、大阪都構想も極端な自治活動と思われがちかもしれませんが、その自治体の住民サービスを守るために、各自治体で必死に知恵を出しているのではないのでしょうか。

 

大阪は近年、観光名所を整備して、インバウンド効果も絶大で、V20も開催しますし、万博誘致にも成功して、勢いに溢れ始めています。この勢いを制度化して住民サービスを向上させるための方策を具体的に提案してくれる首長や議会を、この春のダブル選挙、つまり統一地方選挙で選びたいものです。

 

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小4女児死亡事件後の全国緊急点検とは

虐待防止で保育園・幼稚園・小中学校の全国緊急点検を行うようです。文部科学省と厚生労働省との合同作業チームも立ち上げるそうです。

 

テレビなどで報道された、このニュースを見る限り、関係官庁は文部科学省と厚生労働省だけが取り組むようですが、それだけでは長期欠席者と「面会」など実現できるとは思えません。その上、この種の問題は「面会」によって何かが解決するとも思えません。

 

この度の全国緊急点検の結果、虐待やDVの問題が「ただの」数値化されるだけに終わり、虐待やDVの問題への取り組みそのものが数値目標化されることによって、まるで解決したかのように捉えられてしまうのではないかと、私は危惧します。

 

「面会」が必須であるなら、せめて、各都道府県警察に協力を求めないと効力は限定的でしょうし、もしも本人が転校させられていたら地方自治体間の連携が不可欠になるでしょうし、この事件によって自らの子育てに自信を失ってしまった人々へのケアを行う事業なども早急に起こす必要性も日々増してきているように感じます。

 

虐待やDVは、家庭内のハラスメント問題です。家庭というのは社会の最小単位です。家庭の問題は社会の問題に直結していると、私は思います。だから、事態はこの国の将来に関わる、きわめて深刻な問題なのです。

 

野田市における死亡事件が、人が死亡して両親が逮捕されただけのことであったとしたら、ここまで問題にされることはなかったと思えることが、現在の社会のひずみを最も顕している点ではないかと考えます。

 

家庭内で死亡事件が発生すること自体が、問題なのです。

 

虐待を含めたハラスメント問題は、原則として、個別の問題として取り組まない限り解決策すら見出すことができないくらい、対応が難しいものだと思います。問題ごとに連携する組織が異なる事例も多いのではないでしょうか。もちろん、ほとんどの場合、医師やカウンセラーとの連携が必要になることは火を見るよりも明らかです。

 

政府全体が地方自治体を巻き込んで、虐待やDVに関する事業そのものを総点検して見直しをかけることが必須です。

 

内閣総理大臣と総務大臣が中心になって、現在取り組んでいる少子化対策や地方創生、教育再生、働き方改革、一億総活躍、女性活躍、男女共同参画など、家庭問題や社会参画に関わる多岐にわたる事業の全てを統括する担当部署を作り、政府として真摯に取り組むべき問題であると、私は考えます。

 

人が良くサービス精神旺盛の大臣の失言を必要以上に責めたり、総理大臣が身内の宴会で放った文言を国会で蒸し返すような暇がおありなら、国会議員の皆さんもそんな他愛もないことに貴重な時間を費やさずに、この種の問題に超党派で死に物狂いに立ち向かっていくことこそが、国民に選ばれた者としての期待される行動なのではないでしょうか。

 

 

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人工知能(AI)に仕事を奪われるのかーふたたびー

10年後の2029年には、コンピュータの知性が人間を超えるという予測があるらしいです。そして2045年には、コンピュータや人工知能の能力が、全人類を合わせた程度の知能を持つようになるようです。だから、いろいろな職業が人工知能に取って代わられると言われています。

 

本当にそんなことになるのでしょうか。確かに2020年代前半には多くの自動車メーカーから全自動運転車が供給される計画になっています。しかしながら、だからと言って、そのままタクシーやトラックが全て自動運転になるかというと、必ずしもそうなるとは限らないように思われます。

 

だってそうでしょう、電車が導入されたからといって、全ての汽車やディーゼルカーが電車に置き換わるようなことは、すぐには起こりようがなかったからです。電気自動車が販売されたからといって、ガソリン車やハイブリッド車が売れなくなることがなかったのと同じ理由です。

 

ソロバンを仕事で使う人など今ではほとんどいないでしょうが、暗算による右脳トレーニングを提供するソロバン教室は今でも全国に6000件ほどあって健在です。それに、人工知能の「暗算能力」が全人類を合わせた知能をはるかに超えたところで、右脳を鍛えるジムとしてのソロバン教室は、人工知能に取って代わられるどころか、かえって人気が出るのではないかとさえ思われます。

 

もちろん、行政などのサービスコスト低減のために人工知能を使うことには多くの人が歓迎するとは思います。しかしながら、人工知能がテキパキと受付してくれるホテルよりも、女将さんがにこやかに出迎えしてくれる旅館を選択する人は、案外たくさんいるのではないかと考えます。

 

人類は結構したたかにできています。送電施設のほとんどない地域では、太陽電池から充電することによって、パソコンやスマホを使いこなしている様子がテレビでも紹介されています。自らの知能がコンピュータや人工知能にどれだけ劣ることになっても、われわれ人類は生きるための職業を、いくらでも創り出していくのではないでしょうか。

 

 

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あまりにも痛ましい小4女児死亡事件

野田市で小4女児が死亡した事件が連日、テレビなどで報道されています。毎日のように新事実が加わるごとに、死亡した女児の置かれた環境があまりにも痛ましいことに激しい衝撃を受けています。

 

学校、教育委員会、児童相談所それに母親までが父親の思惑通りに行動してしまっています。つまりは社会全体がこの女児を見放して、父親の手の内に送り込んでしまったのです。女児は最後に自分の意思で、父親への抵抗を止め、呼吸することすら諦めてしまったのかもしれません。あまりにもむごい状況に言葉が見つかりません。

 

間違いなく、職場などでのストレスを家庭内で晴らそうとする身勝手な父親の責任なのでしょうが、この家族がそのような状況に陥っている点を見逃し続けた社会というものも普通ではないと、私は思います。

 

この事件に関わる報道は、児童相談所や教育委員会の対応にフォーカスを当て続けていますが、ことの発端は父親の母親に対するDV、つまり暴力です。テレビなどの報道を見ていると、この家族が沖縄で暮らしている頃から母親への暴力は始まっていたらしいからです。

 

改めて言うまでもなく、暴力は犯罪です。虐待だけでなくいじめやハラスメントも、その本質は暴力事件です。当然、言葉の暴力も含まれます。私たちは、これらの暴力に敏感であり続けなければなりません。

 

全ての行政機関や住民が、わずかでも不審に思ったり、事件性を感じた暴力には、警察に通報することを自ら義務づけ、その行動を人にも奨励することが、この社会に参加しているものの最低限のマナーではないでしょうか。

 

拾った財布や落し物は警察に届けるような良い習慣を持った社会なのですから、ご近所や身の周りのことに少しばかりお節介なことをしても良いのではないでしょうか。万が一、通報したことによって報復を受けるのであれば、そのような報復を断じて許さない法律を国会で作れば良いではありませんか。

 

 

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自由な生活をするために2年の期間が必要なのか

ジャニーズの超人気グループが来年の年末に活動休止するそうです。リーダーが「自由に生活をしてみたい」というのが、活動休止に至った理由であるらしいです。職業選択の自由が認められているこの国で、アイドル活動を休止するために、なぜ2年もの長い期間が必要なのでしょうか。

 

これまでにも、1年の期間をかけて引退した歌姫や、グループ解散から10ヵ月経ってから新しい事務所に移った国民的アイドルもいました。このような「お礼奉公」は本当に必要なのでしょうか。

 

少し調べてみると、アイドルや歌手の場合、芸能事務所とレコードレーベルの2社にそれぞれ所属するらしいです。片方でマネジメントしてもらい、もう片方でCDを作ってもらうようです。ただの推測にすぎませんが、事務所にもレコードレーベルにも、双方の顔を立てるためには、1年や2年ぐらいの期間の「お礼奉公」が必要なのかもしれません。

 

しかしながら、「自由に生活してみたい」リーダーは、なかなかの才能がある芸術家の一面を持っており、おそらくはその才能を伸ばすために、ここ数年はソロの芸能活動を控えていたようです。

 

それが本当ならば、アラフォーになって芸術家の道を拓こうとするリーダーに対して「2年間の縛り」を課した事務所やレコードレーベルは、かなり無慈悲なことを押しつけているように思われます。やりたいことを持っているリーダーに、「お礼奉公」などさせることなく、まずは自由に好きなことを始められるように考えてやるのが大人のやり方というものでしょう。

 

海外に目を転じてみても、マイケルジャクソンやプリンスもレコードレーベルとの確執に悩んでいた時期もあったようですし、クイーンの場合もフレディマーキュリーがレコードレーベルとの契約で悩んできる様子が「ボヘミアンラプソディ」の中で描かれていました。しかしながら、この3人ともCDの作成やアーティスト活動に大きな支障が出た事実はなく、レコードレーベルによる「縛り」はさほど強くはなさそうです。

 

この国には、いろいろな職種で「お礼奉公」が存在しています。しかしながら、そのような「縛り」をなくすような努力を、社会全体で取り組む必要があると、私は思います。

 

 

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平成最後の年末に想うこと

何を言うにも『平成最後の』になってしまう今日この頃、来年5月に予定されている新しい天皇の即位の礼までこの状況が続くのでしょうか。時代の移り変わりには、期待と追憶が入り混じった気分が続きます。

 

時代が移り変わっても遺したいものもあれば、早急に変えてしまいたいものもあります。古き良き時代の習慣を、伝統としてそのまま残すのか、現状に適合するように変革していくかは、いつの時代でも選択の難しい問題であると思います。

 

2020年開催の東京オリンピックも、2025年開催の大阪万博も、どちらも昭和の時代に日本で初めて開催されて、2度目の開催になります。1度目の経験と手法のどこを生かして、新しい手法や技術をどう取り入れるのかが、気になるところです。

 

前回の東京オリンピックでは、衛星放送やカラー放送の新技術が世界的に発信されました。今回は、4K・8K放送が世界デビューされることになりそうです。昭和の大阪万博では、アメリカ館とソ連館が超人気館でした。今度の大阪万博は、アメリカ館と中国館の組み合わせがそれに代わるのでしょうか。

 

時代が移り変わっても、変わらない形態もあります。例えば、四国八十八箇所巡礼のお遍路さんです。廻り方については、歩きの人もいれば、様々な種類のバスツアーの人も、タクシーや車を利用する人もいて、バラエティに富んでいます。しかしながら、金剛杖や菅笠といった装束は、ほとんどの人が古式ゆかしく楽しんでいます。

 

これに対して、時代が変わって変革してしまったものも多数あります。伊勢参りや富士登山がそれにあたると思います。どちらも江戸時代に流行った”講”や装束の伝統はまったく残っておらず、その工程も”全てを歩き”で楽しむ人など、ほとんど皆無です。

 

どちらにしても、その時代に合わせて人それぞれに思う存分イベントを楽しめれば良いのではないでしょうか。新しい年や新しい時代をどのように楽しんでいくかなど、いろいろ考えながら、明日からの大晦日や年越しを迎えようかと考えています。

 

 

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大阪万博2025と大阪万博1970とをつなげるモノをつくってみたい

55年の時を挟んで、大阪で2度目の万国博覧会が開催されます。今回のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」であり、前回のテーマは「人類の進歩と調和」でした。どちらも人類の将来を前向きに捉えるスローガンとなっています。

 

1970年当時、”中人”チケットで何度も会場に通っていた私は、時を隔てた二つの万博を連続性を持ったものとして表現できたら面白いと、考えています。あの時の熱気や活気を今度の万博で再現できれば、人々が今よりもっと元気になるように思うからです。

 

 

例えば、前回の展示物が現在ではどのように進化しているか、というようなものはどうでしょう。ワイヤレステレフォンからスマホに、人間洗濯機から介護用バスに、電気自動車からエコカーに、自動演奏からAI作曲に、等々。進化展示品は、かなりの数になりそうで楽しみです。

 

前回の会場と今回の会場とを実際につなぐものを作っても良いと思います。例えば、前回の会場跡のシンボルである太陽の塔は、大阪城の方角を向いて建てられているようです。それならば、新しい会場にも大阪城と繋がるシンボルを作ってみるのはどうでしょうか。

 

会場が人工島なので、灯台のようなモニュメントを建てるのも良いかもしれません。あるいは、会場内を横断する巨大な直線道路を作って、夜間には大阪城まで続く光の帯のように見える演出を施せば、かなりインスタ映えしそうですし、人気も出そうです。

 

寿命や長生きをテーマとするのですから、55年の時を経た人間を活用する手もあるでしょう。例えば、ボランティアサポーターとして、私たちのような前回の万博を経験している世代に、会場だけでなく関西一円でさまざまな案内役をさせるのです。

 

万博に来ている人の道案内はもちろんですが、関西のそれぞれの地域が55年の間にどのような変化を遂げたのか、これからもどのように変化していくのか、それぞれの地域に現在住んでいる人との交流についても積極的に行うのです。

 

万博会場を中心として、関西全体をコミュニケーションあふれる街につくり変えるような取り組みを行う。これこそが、万博によって「いのち輝く未来社会」を創り出す実践になるのではないかと、私は考えます。

 

大阪万博1970当時の熱気や活気を今度の万博でも再現できれば、関西だけとは言わずに日本全体で人と人とが手助けしあう世の中を創り出すことができれば、かがやく未来がすぐそこに来るように、私には思えます。『大阪万博2025』、とても楽しみです。